椿説弓張月とは

「南総里見八犬伝」で有名な江戸時代の読本作家曲亭馬琴による読本作品。今日では里見八犬伝の影に隠れてしまっているが当時はこちらの方が人気があった。挿絵は葛飾北斎が担当で、今風に言えば神作家と神絵師がタッグを組んだ夢のような作品。(馬琴と北斎による共作は他にもある)
今回参考にした「椿説弓張月」について
原典は25巻ある大長編なので文庫本1冊に編訳された「私家本 椿説弓張月」を読んだ。大まかな流れは原典と同じだか細かいところが省略されている。細かいところが気になる場合以下の原典のあらすじまとめページを参照されたし。
ストーリー概要
弓の名手源為朝が妖術師に支配された琉球国を救う英雄譚。ストーリーの流れは以下の通り。
- 主人公源為朝が時の上皇である崇徳院に気に入られるが都を離れなければならなくなる
- 都を離れて大蛇(上図の挿絵)の中から白い珠を見つけたり、いわくありげな鶴を見つけたり、九州を平定したり妻を迎えたりする
- 行方不明になった鶴を探して琉球国に上陸すると、王女に出会う
- 為朝の持っている珠は琉球国の王位継承権の証だと王女に聞かされ珠を渡す
- 都で保元の乱が勃発し崇徳院側が敗北
- 崇徳院側であった為朝は伊豆に配流され、崇徳院は亡くなる
- 以降、崇徳院の霊が為朝を救うように
- なんやかんやあって妻と再会し、都を目指すも船が流されて琉球に漂着
- 漂流した際に妻と死に別れ、息子も行方不明に
- 琉球では王が殺され、曚雲という謎の妖術師に支配されていた
- 為朝は妻の霊が乗り移った王女や、再会した息子、琉球の人々と協力し曚雲を打倒
- 琉球を救った為朝は崇徳院や亡くなった家族の霊に導かれ昇天
- 息子は琉球国の国王舜天王となる
歴史に関する捕捉
源為朝
実在する平安末期の武将。源為朝、義経の叔父にあたる。椿説弓張月では英雄とされているが、歴史に残された為朝の姿は乱暴を働く厄介者だった。
崇徳院
菅原道真、平将門と合わせて日本三大怨霊に数えられる天皇。保元の乱で後白河天皇に敗北、讃岐国で亡くなった。
保元の乱
1156年に後白河天皇方と崇徳上皇方に分かれ起こった政変。この乱の後、平清盛が権勢を増していくことになる。
舜天王
実在する琉球国の初代国王。
椿説弓張月に登場する王女は、琉球最初の王朝天孫氏の末裔。曚雲によって彼女の父王は殺されてしまい、天孫氏としては王女だけが残った。この天孫氏の王朝は伝承上のもので実在しない。
真珠の歌との共通点
1. 2つの白珠
椿説弓張月の序盤、為朝は山で狩りをしている最中に巨大な蛇に襲われる。しかし、為朝に懐いていたお供の狼が蛇に食らいつき命拾いをした。この大蛇の中から見つかったのが白珠の片方。
原神の真珠の歌でも蛇がとぐろを巻き、真珠を抱え込んでいる。

原神と異なるのは白珠が2つ存在していること。白珠はそれぞれ「琉」「球」といい二つ揃って琉球国の王位継承権の証となる。当初は琉球国の跡継ぎである王女が二つの白珠を父王から預かっていたが、ある日一つが忽然と消え、その責任を問われて王女は王宮から追放された。
追放された王女が出会ったのが、白珠を持ち琉球にやって来た為朝である。
2. 二つで一つ
二つの白珠の片方をなくした王女は責任を問われた。真珠の歌の原典では分かれた「二つが一つになる」ことが重要であるという描写がある。
われらは同じものから二つに分かれていたが、再び同一の形で一つである。
しかも、それをわたしにもたらした調度係官たちも二つであるが、同一の形であることを見出した。
王の一つのしるしが彼らの上に記されてあったから。
真珠の歌
ここは王子が自身の出自を完全に思い出すという重要なシーン。二人の調度係官は王子の光り輝く衣服を王子へ渡すために王国から派遣された。二つのものとは王子自身と、係官が持ってきた衣服のこと。この二つが一つとなることで王子は全てを思い出し、故郷へと帰った。
3. 白珠を抱える蛇(竜)
琉球の珠の出どころは大昔に封印されたという虬(みずち)。琉球国最初の王朝、の初代王がいたことに大きな虬がいたために国は「竜虬」(りゅうきゅう)と呼ばれていた。竜虬は变化能力を持つ邪悪な存在であったので、王族によって退治され、虬塚に封印された。この塚を暴いて封印を解いてしまうのが曚雲に唆された王女の父王である。また珠を手に入れた場所を玉城(たまぐすく)、塚を築いた地を旧虬山(きゅうきゅうざん)と呼ぶようになった。
琉球を混乱に陥れた曚雲の正体こそこの竜虬。為朝の矢によって絶命した曚雲の体は、竜の姿に変わり、顎に隠していた二つの白珠が見つかることになる。
※みずちの漢字に関して
中国伝承上の竜として蛟竜、虬竜、螭竜といった竜があるが、同じ漢字を使用していても同じような竜を指すとは限らない。例えばWikipediaの蛟竜という項目では、竜の幼生を指すと説明している。
4. 太陽を象徴とする救世主
蛟を倒した王族は後世のためにある遺言を残した。かいつまんで説明するとこんな感じ。
蛟の封印を解くと国が滅びる。念の為に北の浜に石碑を建てておくよ。なんかあったらこれに祈って。もしも馬鹿な子孫が封印を解いてしまったら、東からヒーローが来て助けてくると思う。
琉球国を救う英雄はもちろん為朝のこと。作中では登場人物のひとりが遺言を解釈してこう言っている。
為朝様は大東の皇孫、日の神の末裔でいらせられます。”朝に出でて我が国の為に照らす”の一句には”為朝”の二字が籠められて居ります。
残された遺言について
真珠の歌元ネタのである同名の詩篇も同様に光が闇を払う物語である。真珠の歌の掲載サイトではストーリーに関してこのような解説が付されている。参考:真珠の歌の元ネタを読んでみた
「蛇」に対する勝利は、闇に勝つ光であり、救済者自らが、怪物に飲まれて内側から闇を滅ぼす。これは、太陽神話と英雄神話の結合した形であり、キリストが冥府に降ってこれを滅ぼしたというのも、この主題に属する。
真珠の歌
曚雲の「曚」にはくらい、ほのぐらいといった意味がある。曚雲という闇を為朝という光が打ち払うというのが椿説弓張月のストーリーだ。
光が闇に打ち勝つというモチーフ自体はメジャーなものだが、主人公の名前やストーリー中でわざわざ解説を挟んでいることからすると特筆すべき点だと思われるので挙げておいた。
余談:原神における真珠とは何なのか?
真珠の歌の原典では光り輝く衣服が重要なシーンで登場する。
原神の主人公の衣服にも何か特別な力があるように思われる。神里綾華の伝説任務では着物を仕立てないかという綾華の提案を主人公は断った。また、主人公の衣服は元素によって色が変化する部分がある。主人公の双子が力を失う前のOPムービーでは白く光っていた。「白」が完全な状態を示しているとも受け取れる。
椿説弓張月、真珠の歌(原典)、原神において白い珠、衣服に関する描写をまとめてみると
作品 | 白い珠 | 衣服 |
椿説弓張月 | 二つで王位継承権の証 山で蛇・虬が持っている | 特になし |
真珠の歌(原典) | 手に入れられたら王になれる 海で竜が持っている | 王子と光り輝く衣服の二つが一つになる 衣服を持ってきた二人の調度係官が一つの王のしるしを持つ |
原神 | 山の上で蛇が持っている | 完全な状態では衣服の特定部分が白く光る |
これらから無理やり解釈してみる。
「真珠」とは双子が天理の調停者に封印される前に持っていた力のことである。つまり
真珠を手に入れる=以前持っていた力を取り戻す=衣服の特定部分が白く光る
さらにこの真珠が二つ揃うということは、「双子が揃って力を取り戻す」こと。で、完全体の双子が揃うことで天の神座に届く。すなわち、二つの真珠によってテイワット最高神の座が手に入るということを示しているのでは。
原神の曚雲
曚雲は二千年魔神戦争末期に生きていた海祇島の巫女。「巫女曚雲小伝」によれば現人神の巫女の指令を受け、巨鯨「大検校」を説得したという。仲間となった大検校とともに魔神戦争を戦ったが、笹百合配下の待ち伏せにあい大検校とともに戦死した。
また双子の妹である菖蒲(あやめ)がいる。彼女の方は一族の海女で真珠を採集していた。姉の最期の場におり、奮戦したが遺体はみつからず行方不明となっている。
椿説弓張月の曚雲と似ている点などはなく、一致するのは名前のみ。彼女は「知恵と優しさを兼ね備えており、海の民たちのいざこざを仲裁するのが得意」な人物であり、琉球国を混乱に陥れた曚雲とは似ても似つかない。
しかしながら、海祇島の真珠やオロバシという大蛇の伝承、曚雲の月という「弓」、椿説弓張月が沖縄を舞台にしていることなどを考え合わせれば、ここから名前を採用したのではと思われる。
メモ:☆4弓「曚雲の月」発表済みだが未実装
まとめ
- 椿説弓張月は稲妻版「真珠の歌」っぽい
- 稲妻の巫女曚雲の名前は椿説弓張月の曚雲から来てる
参考文献

原作25巻を文庫本1冊に編訳したもの。
原典のあらすじまとめ。
原典のできごと年表。